山と離婚と私

山と離婚と私
「部屋とワイシャツと私」(平松愛理)風に読んでください。

自宅の裏山に登り始めて1か月で赤岳登頂、3か月半のうちに北アルプスで雪山デビューという、理解されることが非常に稀な登山歴のわたし。たいてい聞き返されるか(二度見ならぬ二度聞きされる)、説明したところで「何でまた…」とたずねられる。初めは当たり障りないことを言っていたんだけど、正直面倒なので、最近では「いやあ、離婚しまして。山に行くと余計なこと考えなくて済むんで〜」と言って、相手を黙らせるという方法を取っている(それでも、あれこれ聞いてくる人はいるんだけど、そこは、人を見てもっと詳しく説明するか、うやむやにするか、使い分けている)。

離婚については、またいつか書くかもしれないけど、まあ、そんなところ。山はいい。ただ美しい。あのまま離婚せずにいたら、こんな世界を知らずに何年も過ごしていたのかもしれないと思うと、むしろ離婚してくれてありがとうな気分になる。別れて本当に良かった。

離婚して得たもののほうが多い。もし、喪うことを恐れているだけで愛のない、苦しみだけを与え続ける関係に悩んでいる友だちに何か聞かれたら、わたしは別れて山に会った、そう言うだろう。
スマホから打っているので、おそろしく雑な文章で、スミマセン(-。-; 

  

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Add a comment 2015/12/20

6年振りの更新

この半年間で自分の人生が劇的に変わる経験をしたし、これからもすることになりそうだ、という話を友人たちにしているうちに、「自分の記録というか備忘録として、ブログに残そう」という気になった。実はいくつかブログのアカウントをもっていて、Wordpressには3つのページをすでに持っていたことと、ブロガーのあいだで強く支持されている、という理由から(ほかにも、別の無料ブログがうまくログインできなかったとかあるけど)、ここへ帰ってくることにした。6年前に開設して、2か月ほどしかまともに利用していなかったのに、アカウントを残してくれていたWordpressに感謝しつつ、千夜一夜物語第2章の始まりです。 

  
This is my way to go. Samir, Bali. 

Add a comment 2015/12/16

『反貧困』

湯浅誠、岩波新書、2008年。
遅ればせながら、読了。自ら日雇い労働者となって、その過酷な労働環境/形態をルポする一方で、緻密な文献研究で日本の「すべり台社会化」に警鐘を鳴らしている。ここで取り上げられていることのほとんどは改善されていないか、悪化してしまっている。
生活保護制度をはじめとした福祉行政のお粗末さをあげつらう部分が何カ所も出てきて、「みんながみんな、こうではないんだけどな」と思ってしまう。じゃあ、「これだけのことを福祉の関係者はやっていますよ」と言えるかというと、全くそんなことはなく。
実践者は日々の業務に疲弊し、研究者は社会的活動を冷ややかに見ることしか知らない。ソーシャルワークのなかのソーシャルアクションを、学界全体でもっとすすめていかなければならない。いまを逃さずして、いつやるのだ?

Add a comment 2010/05/10

『悲しみを聴く石』

アティーク・ラヒーミー著、関口涼子訳、白水社EXLIBRIS、2009年。短いけれど、ずしりと重い。帯にある「妻の裏切り」という文句に違和感をおぼえる。訳者あとがきがこの作品の意味を広い視野で深く掘り下げることに成功していて、すばらしい。

Add a comment 2010/04/07

『夜』

『夜』(エリ・ヴィーゼル著、村上光彦訳、みすず書房)読了。多感な年齢でナチ収容所に送られた著者によるこの手記は神への信頼をも打ち砕くほどの人間の残忍性を暴いている。これを読むとフランクルの『夜と霧』のポジティブさが異様にかんじられるくらい。「なぜ、おれたちをすぐに銃殺しないんだろうか。」(p.169)という呻きが重くのしかかる。なぜ、“絶滅させる”という目的がありながら、執拗なまでに地獄を生き延びさせたのか。この点は、絶滅収容所に関する書籍を読むたびに浮かびあがる疑問。

それにしても毎回思うのは、ナチスドイツを生き延びたユダヤ人たちの雄弁さ。日本も同じ時代に戦争をして、残虐の極みを実行した。これに巻き込まれた人びと(加害側も被害側も)の語りが目につかないのはなぜなのか(戦後生まれの作家によるノンフィクションならばいくつかある)。これはわたしの視点の持ち方がずれていて、それでわたしが“期待している”ような作品に出会わないのか。それともそもそもそんな作品がないからなのか。そうだとすれば、やはり戦後の戦争責任の総括のしかたの違いというところに話がいくのだろうか。んー、もう少しアンテナの張り方を考えたほうがいいってことかな。

Add a comment 2010/03/20

『「自殺社会」から「生き心地の良い社会」へ』

清水康之・上田紀行著。
日本はいつから、どのようにして1日約100人の自殺者を生み出す社会になってしまったのか。自殺予防の具体的な取組の提言を含んだ対談集。巻末に相談先リストを付した点も評価したい。
隔週誌のビッグイシューで組んだ対談がもとになっているようなのだが、ビッグイシューがオリジナルで出版するのは難しかったのだろうか。一般書の出版は、ビッグイシューの知名度を高めるチャンスになると思うのだが。資金面など簡単なハナシではないのだろうな。

Add a comment 2010/03/18

『緋色の迷宮』

トマス・クック著、村松潔訳、文春文庫。覇気のない思春期の息子を持て余す「わたし」。ふとした疑念が果てしなく大きくなって行き着いた結末。有無を言わさず読者を巻き込む緻密な筆力に脱帽。そして、毎度おなじみの重たい読後感。ぐったり。。

Add a comment 2010/03/18

2nd Feb, NC

今日はこの旅、最大の懸案事項、”英語でプレゼン”の日。

予報通りの悪天候に加えて時差ボケがひどいのと、プレゼンの練習もしたかったのとで、朝イチの講義見学(Behavioral Intervention with Children)はパス。

このプレゼンは、UNCを訪問することが決まったときに、F先生から提案されたこと。こちらからお邪魔して、なにかとお手間をとらせるわけだから、お断りするわけにはいかないし、こんなチャンスも滅多にないだろうということでお引き受けしたのだけど、準備がタイヘンだった~(これについては、また別の機会に書きたい)。

アメリカに留学中・留学経験のある友人たちに片っ端から聞いたところ、わたしが話すのは「ランチョンセミナー」と呼ばれるもので、昼ごはんを食べながら聴く、わりとお気軽なかんじのレクチャーじゃないかと思う、という意見が大半を占めていた。が、しかし事前に送られて来た案内チラシは、「いったいどこぞの著名専門家が来るのか?!」的なフォーマル感漂いまくりな内容で、とにかく自分でできる限りの正式なかたちで準備をしていくことに。

前日に学内を案内されたときに、建物内の掲示板にプレゼンの案内(わたしの写真入り!)が貼ってあるのを見て、うれしいやら余計に緊張するやら、やっぱりちゃんと準備して来てよかった!と思ったり。それでもF先生が「たぶん、5〜6人しか来ないよ」と言っていたので、「ゼミ発表みたいなもんか~」とちょっと安心してもいたのだが…。

スタート時間の12:00少し前(つまり時間の許す限り)までプレゼンの練習をしてから、会場の小会議室でF先生と合流。前日に動きのおかしかったPPTが、なせだかちゃんと動いてくれて、よかったよかったと言っているうちに、セミナー室にわらわらと人が入って来て、あっという間に10人以上に。その後も、ぱらぱらと参加者が増えてざっと見ただけで15人はいる。「ええ~、聞いてないよ~」と変な汗がじっとり。

時間が来たので、F先生がその旨を告げて、わたしの紹介などをしてくださった(このときに、Candidate for Ph.Dというのを聞いて、doctoral studentとの違いがよく分かった)。このときに、先生が「5000人とか来ちゃったら困ると思って言ってなかったけど、ピザを用意してるから、みんな遠慮せずに食べてね」なんてカワイイ冗談を言うもんだから(F先生は60歳代前半の男性)、思わず笑ってしまって、そのおかげで少し緊張がほぐれ、腹も決まった「やるっきゃない!」と。

日本語でもそうだけど、緊張すると、声が震え、口が乾いて発語が困難になるのがわたしの悩み。おまけに時間が経過すると、声が割れて聴き取りにくくなる。話し始めてすぐにそうなったのを自覚しつつ、「大丈夫、落ち着け」と自分に言い聞かせながら自己紹介して、本題へ。

「トークの始めに笑いをとること」などというあり得ないくらいに高いハードルは無視して、「とにかく、堂々としてればいいんだ!」と思いながら話をすすめると、みなさんが関心を持ってくれているのが伝わってくる。それに力づけられるように、流れに乗れているのが自分でもわかった。

で、プレゼンのパフォーマンスは120%の出来!だったと自己評価。これは、なにかと完璧を求めたがるわたしにはきわめて珍しいこと。さらに、質問が多かったことが、成功の感を得た大きな要素。日本の学会でもそうだけど、何の質問も出なくてシーン…となったり、「んじゃ、時間余ってるんで、補足説明して」とアドリブで話をふられるのが、発表者として最も恐ろしい事態。当然、今回もそれは避けたく、日本のボスたちからのアドバイスにしたがって、内容のあちこちに”質問のための誘い水”を仕込んでおいたので、いくつかの質問は予想していた内容だったし、半泣きになりながら用意しておいた補足資料を使うこともできて満足。

だだし。質問への回答については、問題ありまくり。まずは、何を尋ねられるのか分からない状態で英語を聴き取らなくてはならない。母語であろうとそれは同じことなんだけど、これが予想以上にエネルギーを使う。「すみません、もう少しゆっくり話してください」とお願いして質問の内容が分かったとしても、その次には英語で回答しなければならないというハードルが。ここでのわたしの英語が酷くて酷くて…必死で話すのだけど、しゃべるそばから「なんでそこで過去形なんだっ」とか「述語が主語を受けてないっ」と自分でもわかるミスの連続。ていうか、もう、文章になっているのかさえ怪しいかんじで、みなさんが「えーと、つまりはこういうことですね」と要約してくださることに、「はいっ、はいっ、そうですっ(それそれ、わたしが言いたかったのは~)」と答えて閉める、のくり返し。

そんなわけで、グダグダ英語による惨憺たる質疑応答になってしまった。一問回答し終するだけでぐったりなんだけど、間髪入れず次の質問が来る。さらにレクチャーする側のマナーとして「何でも聞いてくださいね」という姿勢は保ち続けなければならないので、まさに全身全霊のガチンコ勝負。

それでも(=わたしの英語のひどさに懲りずに)どんどん質問が来て、いったん終了となった後にも個別に質問しに来てくれる人がけっこういて、ほんとがんばってよかったなーと思った。完璧主義で自分を追い詰めがちなわたしにとって、かつてないほどの満足感を得たと言ってもいいくらい。もちろん、これは、訪問先の方々がわたしの立場を好意的に理解してくださったことによるところが大きいわけだけど、アメリカの「頑張りには正当に評価し、応える」という文化に触れたような気がしている(ちょっと呑気にとらえすぎ?)。

それと、どう聞いても酷い英語にもかかわらず、「言葉がよくわかんないようだから、手を抜いてやる」ということはせず、分からないことは自分が納得できるまで聞いたり話したりし続ける、という聴き手の態度に関心した。これは、相手を変に気の毒に思って議論を諦めてしまいがちな日本(人)が見習うべきことだなーと思う。気の毒に思うというか、情けをかけるというのは、自分が上位にあるという意識の現れ(たとえそれが”無意識”だとしても)。言い換えれば、相手を見下していることになる。もちろん、時と場合によっては、日本人的”気遣い”が求められるし、そちらのほうがいいケースもある。けれど、「あー、んー、よく分かんないけど、まあ、分かったことにしとくよ」っていうのは、相手の尊厳をひどく傷つけてしまうこともある諸刃の刃。今回のことで、自分のこれまでのふるまいを反省せずにはいられなかった(たとえば、留学生や後輩に対して)。いつも100%全力であたるというのは、息苦しいし、ゆとりがなくて見苦しいけど(日本人に多い)、ここというときに、喧嘩ではなく、ガチで相手にぶつかることが、相手を本当の意味で敬意したり尊重していることになるんだということを実感した次第。

午後はInterpersonal Psychotherapyという講義を見学。

授業に対する学生の積極性に関心する。ここでは、ほとんどの授業が2時間以上(90×2コマに少し足りないくらい。途中でブレイクあり)。この日はプレゼンの疲れと時差から来る眠気に耐えられず、前半のみ見学して失礼した。

時差ボケは、夕方4〜6時にかけてがいちばん辛く、眠くて気を失いそうになることしばし。もともと睡眠に少し問題があるのも一因かと思う。結局、適応できないまま、帰国することになってしまったのだけど(といっても、完全に日本時間のままのはずはなく、帰国してからがまた大変だった…)。

2nd Feb, NC はコメントを受け付けていません。 2010/03/03

『日本辺境論』

内田樹、新潮新書、2009年。
学びの姿勢、機の思想など、「ふーむ、なるほど、そのように考えると説明がつくなあ」と思うところが少なくなかったのだけど、本全体をどう評していいのかはよく分からない。だって、論拠としている引用文献の前後を知らないから、”正しい引かれ方”をされているか判断できないんだもの。とほほ。武道やりたいな、とか。なんかそんなことくらい(武道をやると何かいいことがあるようだからくらいの理由しかなくて、そーいうのは内田先生的には間違っているのかも)。
このご本で、新書大賞(かなんか、そんなようなもの)を受賞されたそう。直接講義を受けたことはないけど、在学中に学内を袴姿ですたすた歩いていらっしゃったことを思い出す。おめでとうございます。

Add a comment 2010/03/02

『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』

堤 未果 著、岩波新書、2010年。

前著に続き、今回も問題の渦中にある人たちへのインタビューを交えて、オバマ後のアメリカの貧困とそれを取り巻く問題を報告している。日本も二の轍を踏みつつある気がしてならない。情報にあふれるなかで、自覚的に生きることこそが、個人が生き延びるための戦略なのだと思う。しかしどれほど気をつけていても、「こんなはずではありませんでした」ということは、誰の身にも起こる。というわけで、日本がここから学び、実践すべきことは、次のふたつ。ひとつは子ども・青少年への教育。見通しを立てて行動することができる能力を身につけること。もうひとつは、大人世代の寛容を涵養すること(こう書くとオヤジギャグみたい)。ここでいう寛容とは、非正規から貧困へ転落したひとたち、障害や病で“正規の”人生を歩むことを阻害されたひとたち、あるいは犯罪のために一般社会から隔離されたひとたちなどなど、そうした人びとを“無自覚であったから、自己責任だ”と責めるのではなく、もういちどやり直すためのチャンスを作り出し、待つための時間をもつということ。このふたつを、社会的な空気として共有することで、もうすこし風通しが良く、生ることが楽しい国になるのかもしれない。

Add a comment 2010/02/23

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